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事業承継・・・その3

昨日は私が経理を始めるきっかけのお話をしましたが

昨日の記事はこちらから


 
それはそれは苦難の連続でした。

まず私が数字がとっても苦手なこと、しかも教えてくれる指導者もいなく、何が分からないのかすら分からない、そんな手探りの状況でお店の最も重要な経理を始めたのですから。



まず最初に手をつけたのが基本中の基本「現金出納帳」
ただし、見方がさっぱり分かりません。
そのため担当税理士さんにお願いし、見方を叩き込んでもらいました。

ですが当時は手書きの出納帳だったので母独特のクセがあり、そうでなくても分からないのに更に私を迷わせました。
過去の出納帳を参考にし見よう見まねで付け始めたのですが、1つの売上を記入するのに5分も掛かるような、そんな状態でした。

そして最初の難関、そう!

支払いです。


この時は運悪く、4月。
印章業界は一番の繁忙期が3月そして少し落ち着くのが4月、つまり3月に年間で一番多く仕入れるのに、その支払いをするのは売上が下がる翌月、つまり最も支払いが大変なタイミングが完全初心者の私の目の前に立ちはだかりました。

しかもそういった店内のあたふたした状況はお店の外にも伝わるらしく、売上も落ちる一方。
要するに、支払うお金がないのです。
母が入院して2週間程経過している頃だったので、ようやく意識が少し回復した母の耳元に「お金がないんだけど・・・」との情けない相談。
意識朦朧とする母の口から出た言葉は「他にはないの・・・」


後から分かった事なんですが支払うお金が厳しい時、社長貸し出しで一旦お金を会社に貸し、それでとりあえずしのぎ後ほど社長に戻す。
そんな方法を取っていたんですね。


親父に相談すれば間違いなくまた怒鳴られると思い、こっそりメーカーさん問屋さんに電話し事情を伝え支払いを先延ばしにしてもらったり・・・出した答えは今考えれば完全に間違いなんですが、この時から経営者がみなさん一番ご苦労なさる「金策」が始まりました。


そして次に訪れる月末の試練、そう給料日です。
なんとかギリギリ追いつき、ギリギリ支払うと残りはほとんどなし。
母が元々きっちり分かりやすく請求書を整理していてくれたので支払いの締め切りはきっちり把握できたのですが、当時はリーマンショックの影響のまっただ中、世の中の景気も落ちていることも重なり、とにかく売上が下がるのを止める術が分からない。

普通は社長である親父に相談するのが筋なんでしょうが、ひどく落ち込み精神状態も不安定な親父にはとても怖くて悩み相談ができず、かと言って他に自社の経営を相談できる人もおらず、強烈なプレッシャーの中、一人もがいておりました。


この頃は私は精神的にも肉体的にもかなり追い込まれていました。
でも”若い頃の苦労は買ってでもしろ”じゃないですけどね、職人時代とはまた違った経営としての礎を築くための試練の時だったのですね。





そして時は経ち不思議な物で、母の回復と共に親父に活力が戻り、するとお店の売上も比例して上がって行ったのです!

その時思ったのです。
会社の浮沈は社長に掛かっているんだと。

それから私は親父といがみあうのをやめ”いかに親父に気分よく仕事をしてもらえるか”に徹しました。
すると今度はきっちり数字として明確に現れるんですね。
そんな試行錯誤の末、お店の方向ががはっきりし回復の兆しも見え、春が過ぎ夏が終わろうとする頃、ようやく母が退院しました。




これで全てが元通り(完全には元通りにはなりませんでしたが)になったと思うのもつかの間、ついに最悪の自体がやってきました。



つづきはこちらから





 

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